なんし》に化けこんでいるのもある。人数にしておよそ三十人ばかり、参詣の人波にまぎれながら、四方からヒシヒシとお堂をとりつめている。
 顎十郎は、ああん、と口をあいて、大がかりな捕物を見物していたが、やがて、ひょろ松のほうへ長い顎をふりむけると、
「おい、ひょろ松、このぶんじゃ、どうやら、こっちの勝だぜ」
 と、のんびりと言って、
「これだけ見りゃもう充分だ。……じゃ、そろそろひっかえすとするか」

   子《ね》の日

 弥太堀の大黒堂をあとにすると、顎十郎は、油町《あぶらちょう》から右へ折れ、ずんずん薬研堀《やげんぼり》のほうへ歩いてゆく。
 ひょろ松は、気にして、
「阿古十郎さん、これじゃア、道がちがやアしませんか」
 といったが、てんで耳もかさず、矢《や》ノ倉《くら》から毛利《もうり》の屋敷のほうへ曲り、横丁をまわりくねりしたすえ、浜町《はまちょう》二丁目の河岸っぷちに近いところへ出た。
 見ると、大黒堂と堀ひとつへだてた向い岸。橋ひとつ渡ればすむところを、小半刻も大まわりをしてやって来たわけである。
 ひょろ松はあっけにとられて、
「こりゃア、おどろいた。……ここは、弥太堀じゃ
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