大黒様にはなん匹いる」
「なるほど、こりゃアけぶだ。……俵のうしろから鼻のさきを出しているのがある。……ひい、ふう、みい、よ……みんなで、四匹おります」
ひょろ松は、眼をかがやかして、
「こりゃア、どういう洒落なんです。これが、今度のいきさつに、なにかひっかかりがありますんでしょうか」
聞えたのか聞えぬのか、顎十郎、なんの返事もしない。長い顎をふって、あちこちと河岸っぷちの景色を眺めながら、ぶらりぶらりと歩いてゆく。
蠣殻町《かきがらちょう》の浅野の屋敷のまえを通り、川っぷちをつたいながら弥太堀の近くまで行くと、蔵屋敷《くらやしき》のならびの大黒堂の横手に、五十ばかりの汚い布子を着た雪駄《せった》直しが、薄い秋の日だまりのなかでせっせと雪駄をつくろっている。
ひょろ松は、それに眼をつけると、肘《ひじ》でそっと顎十郎をついて、
「阿古十郎さん、あれが藤波ですぜ」
と、ささやく。
顎十郎は、ほほう、とうなずきながら、さりげない様子でお堂の右ひだりを眺めると、なるほど、いる、いる。
花売りにかったいぼう、手相見もいれば、飴屋もいる。そうかと思うと、子供づれで、参詣の善男子《ぜん
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