せられるから、このようなことがお耳に入ったら、お忿怒《いかり》もさぞかし、とても、二人や三人の腹切りではあいすむまい。家事不行届のかどをもって、大勢の怪我人が出来よう。阿部さまも、この点をことごとく御心痛。大勢のいのちにかかわることであるから、たとえ草の根をわけても、明日いっぱいに探しだし、お催しのある十五日の朝までに、かならず十三人を局にもどしおくようにと命ぜられた。……それにつけて……」
と言いかけて、チラと美しい眉のあたりを翳《かげ》らせ、
「この月は、当南町奉行所の月番。……それにもかかわらず、北町奉行所の播磨守へも同様のお沙汰があったというのは、いかにも心外だが、かような緊急を要する事件であって見れば、それもまた止むをえぬ処置かも知れぬ。……ことに、この節は、われわれの番所は失策が多く、とかく北におさえられてばかりいる。……どんなお取りあつかいを受けても、まず……一言もない」
甲斐守は、膝に手をおいて、虫の音に聴きいるような眼つきをしていたが、急に激《げき》したような口調になって、
「しかし、なんとしても、こんどばかりは負けられぬ。……万一|北町奉行所《きた》に出しぬかれ
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