いちめんの霜柱なのに、乗物には霜がかかったあとがない。はは、こりゃア、今朝、木戸がひらくと同時にここへ運んで来たのだとわかった。……なんでわざわざこんなことをしやがるんだろう。……乗物をみると、支離滅裂《しりめつれつ》にたたっこわしてある。人間わざでないようなこわし方だ。つまり、どうでも、神隠しと見せたいのだ。……ところで、腑に落ちないのが、大井の態度。本来ならば、これは染岡の仕業にちがいないと口でもとがらして騒ぎ立てなければならぬはずなのに、お祖師様とかご示験とか、妙に霞《かすみ》のかかったようなことだけしか言わない。……なにかアヤがあるな、で、市村座へ行って調べて見るてえと、局《つぼね》の芝居くらべがあるから十五日朝まで衣裳一式ととのえろというご下命があったとぬかす。……これで、すっかり見とおしがついた。……とかく女びいきのお前を前において言うわけではないが、女ってえのは細かいことをするもんだなア。いや、恐れ入ったよ。……お祖師様がにらんで、帰りがこわくて、それから神隠し。……とんまな野郎なんかにゃアちょっと企らめねえ芸だ」
ひょろ松は、ひどく照れて、
「いくらでも、おなぶりなさ
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