に、藤波さん、寝ごこちはどうです。まんざら悪くもないでしょう」
 藤波はくやしそうに、キリッと歯噛みをする。
 顎十郎は、へらへら笑いだして、
「まア、そう、ご立腹なさるな。……どういう御縁か知らないが、よく不思議なところで落ちあいますな。御同慶のいたりと言いたいところだが、実をいうと、すこし、小うるさい。……今までのところなら、大して邪魔にならないが、今度は、南か北かという鍔ぜりあい。役所の格づけがきまろうという大切な瀬戸ぎわだから、あなたにチョコチョコ這いだされると、手前のほうは大きに迷惑をする。すみませんが、明日の朝までここへころがしておきますから、どうか、そう思ってください」
 藤波は、もう観念したか返事もしない。
 顎十郎は、依然としてのどかな声で、
「しかしね、藤波さん。私もあまり野暮《やぼ》なことはしたくない。この手紙だけは池田甲斐守にとどけてあげてもいいのですが……」
「………」
「私も男だから、つまらぬ嘘はつきません、どうします」
「………」
「それとも、破いてしまいましょうか」
「………」
「お返事がないところを見ると、破ってもいいのですな」
 藤波は痩せほそったよ
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