屋のあるほうへ進んで行って、長いあいだ、軒下の闇の中へしゃがんでいたが、あたりにひとの気配のないのを見さだめると、ツと曳戸のそばへ行く。腰にはさんでいた手拭いを天水桶にひたしてしめりをくれると、それを角錠《かくじょう》の受《うけ》に巻きつける。ひとひねり。ふたひねり。ガクリと錠がおちる。曳戸に手をかけてひきあけようとすると、いないはずの闇の中から、ふたりの中間が飛びだして、むんずと藤波の襟がみをつかんだ。
「おッ、こいつ、駕籠部屋の錠を」
ひとりは中間部屋のほうへむかって大声に叫び立てる。
たちまち、バラバラと十二三人走りだして来て、グルリと四方を取巻いてしまった。
しまったと思ったが、なまじいジタバタして自分の身分が露見すると、とうてい、ただではすまないから、観念して突っ立っていると、ガヤガヤを押しわけて割りこんで来たのが、顎十郎。
今まで中間部屋で寝っころがっていたものと見え、ねぼけ眼《まなこ》を見ひらいて、藤波の顔を月の光にすかして眺めていたが、感心したように長い顎をふりふり、
「駕籠部屋をねらうとは、変ったぬすっともあるもんだ。後学のために、よく面を見てやろう。部屋へひ
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