、あまり部屋で、見かけねえ顔だが、いままで、ど、どこにいらしたんで……」
「あっしは西の丸の新組におりやした。……へっへ、ちっとばかりしくじりをやらかしましてね。ま、よろしくお引きまわしをねげえますよ。……さア、もうひとつ」
「す、すみませんねえ。……ひッ、……もう、じゅうぶんに頂戴いたしましたよ。……ひッ、……いけねえ、そうついだって飲めません」
「なにも、そう遠慮なさることアねえ、顔つなぎだ。……もうひとつ、威勢よくやってくんねえ」
琴平町《ことひらちょう》の天神横丁《てんじんよこちょう》。油障子に瓢箪と駒をかいて、鉄拐屋《てつかいや》と読ませる居酒屋。
ぐずぐずになって、いまにもつぶれそうに身体を泳がしているのは薄あばたのあるお徒士《かち》か門番かというようすの男。酒をついでいるのが、藤波友衛。
中剃《なかぞり》をひろくあけたつっこみにゆい、陸尺半纒にひやめし草履。どう見ても腹っからのお陸尺。
「ねえ、お門番。きのう、ご代参があったようだが、ありゃ、いってえ、いくつ出たんで」
「ご代参って、どちらのご代参」
「ご代参なら、大塚の本伝寺にきまってる」
「ひッ、……よく知ってら
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