叟侯《かんそうこう》ならこのくらいのことはなさりかねない。……お前らも知ってるだろう。斎藤派無念流の斎藤弥九郎《さいとうやくろう》、……閑叟侯が手に品をかえてせっせとお遣物《つかわしもの》をおくって、ようやくお抱えになるところまで漕ぎつけたところを、紀州さまが横あいからだんまりでさらってしまわれたことがある。……つまり、こんどはその仕返しをなさったのだ」
 と言って、日ざしを眺め、
「おお、もう辰刻《いつつ》か。あまりゆっくりかまえてもいられねえ。おれは、これからむこうへ乗りこんで行って、じゅうぶんに調べあげ、くわしく復命書《おこたえがき》をつくっておくから、朝太郎、お前、夜ふけになったら、御用部屋の窓下へ受けとりに来い。そして、夜があけたらすぐに池田さまのお屋敷におとどけするんだ、いいか。……それから、千太、おめえは加役のお役宅へ行ってそれとなくわけを話し、おれが朝の辰刻《いつつどき》になっても帰らなかったら、組頭に様子を見させによこしてくれ。……気の荒い佐賀っぽうの領地へ乗りこんで行くんだ。どうせ無事じゃアすむめえ」

   駕籠盗人《かごぬすびと》

「ねえ、組役《くみやく》、あ
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