かえるような騒ぎ、市村座でも、太夫元から役者、狂言方、下廻りまで全部三階にあつまって寄始《よりはじ》めの酒宴《さかもり》をしておりましたが、ひとりも欠けたものがございませんでした。……変った聞きこみといえば、十五日のおもよおしのため、紀州様から髪、衣裳、下座一式のご注文があったというくらいのものでございましたが、それとは別にちょっと妙なことを小耳にはさんだんでございます」
「ふむ?」
 千太は喜色満面のていで、
「それが、実にどうも馬鹿馬鹿しいような話なんで……」
「なんだ、早く言え」
「れいの、お祖師《そし》さまのお声というのを、はっきりと聞いたものが八九人いるんでございます」
「それが、どうした」
「だれが聞いたところでも、それが、ひどい佐賀なまりだったというんです。……ねえ、旦那、お祖師さまのご生国《しょうこく》は安房《あわ》の小湊《こみなと》、佐賀なまりのお祖師さまなんざ、ちと、おかしいでしょう」
 藤波は、眼つきを鋭くして、なにか考えこんでいたが、とつぜん、ふ、ふ、ふと驕慢に笑いだし、
「これで、すっかり、あたりがついた。……なるほど、あのしゃらく[#「しゃらく」に傍点]な閑
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