出かけて行って、大天狗《だいてんぐ》を召捕られたらどうです、あなたとはいい取組みでしょう」
顎十郎は、大まじめにうなずき、
「いや、おだてないでください。それほどにうぬぼれてもいません。召捕るというわけにはゆきますまいが、掛けあうくらいのことは出来ましょう。……では、そろそろ出かけますかナ」
こんな人を喰った男もすくない。本来ならば、とうの昔に癇癪を起してスッパ抜いているところだが、いつぞやの出あいで、相手の底知れぬ手練を知っているから、歯がみをしながら虫をころしていると、顎十郎はジンジンばしょりをして、両袖を突っぱり、
「や、ごめん」
と、軽く言って、ちょうど質ながれの烏天狗のような恰好でヒョロヒョロと歩いて行ってしまった。
ひきそっていた千太の一の乾分、だんまりの朝太郎《あさたろう》、めったに顔色も変えることがないのに、くやしがって、
「ち、畜生ッ。いつもの旦那のようでもねえ、ああまで、コケにされて……」
と、足ずりする。藤波は見かえりもせず、ずッと乗物のそばへよると底板をかえしたり、網代を撫でたりして、テキパキとあらためはじめた。
朝太郎は、ぬけ目のないようすで藤波の
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