飛んでいますか」
顎十郎は、あん、と曖昧な音響を発しながら藤波のほうへふりかえると、例のとほんとした顔つきで、
「これは、これは、たいへんにお早がけから……」
と言っておいて、ぼてぼてとした冬瓜なりの顎を撫でながら、
「いや、鳶などはおりません。……実はね、駕籠などがふってくる陽気でもないがと思って、いま、つくづくと空を眺めていたところです。……ごろうじ。どうもてえへんな壊れかたじゃありませんか。まるで、木《こ》ッ葉《ぱ》微塵《みじん》といったていたらく。……天から落ちてきたのでもなければ、こんなひどい壊れかたをするはずがない。……するてえと、これは、やっぱり神隠し。……かわいや、十三人のきりょうよしは、からす天狗にひっさらわれて、御嶽山へでも持って行かれ、今ごろは、さんざんに口説《くど》かれて困っているころでしょう」
と、油紙に火がついたようにまくし立てながら、足もとに落ちていた鳥の尾羽《おば》のようなものを拾いあげて藤波のほうへ差しだし、
「ほら、この通り。その証拠に、ここに天狗の羽根が落ちています」
藤波は額に癇の筋を立てながら、噛んではき出すような口調で、
「仙波さん、
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