さげている。
 いわゆる非人やけというやつで、顔色がどす黒く沈んで、手足が皹《ひび》だらけ。荒布《あらめ》のようになった古布子をきて、尻さがりに繩の帯をむすんでいる。どう見たって腹っからの乞食の子だが、することがちょっと変っている。通りすがりに一文、二文と、かけ碗のなかへ鳥目《ちょうもく》を落すひとがあると、妙に鼻にかかった声で、
「おありがとうございます」
 といいながら、指先で鳥目をつまんでは、そっと草むらへ捨てる。かくべつ目立たないしぐさだが、いかにも異様である。
 顎十郎は橋のたもとに突っ立って、ひと波に揉まれながら、ジッとその様子を眺めていたが、ふっとひとり笑いすると、
「なるほど、あれが源次郎さまか。……多分こんなことだろうと、最初《はな》っから睨んでいた通り、こんなところで乞食の真似をしている。……それにしてもよく化けたものだ。白痴《こけ》づらに青っ洟、これが十二万五千石のお世つぎとは、誰だって気がつくはずはあるまい。『すさきの浜』の故事といい、乞食じたての手ぎわといい、察するところ、萩之進というやつは、年は若いが、よほどの秀才と見える。なるほど大したものだなあ」
 と、つぶやいていたが、急に気をかえて、
「ここにいるとわかったら、これで俺の役目はすんだようなものだが、それにしちゃア場所が悪い。どれほどうまく化けこんでも、いずれ藤波に見やぶられるにきまっている。萩之進のほうじゃ、こうまで大掛りに探されているとは知らないから、それでこんなところでまごまごしているんだろうが、こりゃア実にどうもあぶない話。そばへ行って、それとなく耳打ちをしてやろう」
 といいながら、ひと波をわけて岡埜の前をまわり、土手をおりて、ふたりのほうへ近づこうとするそのとたん、骨に迫るようなするどい気合とともに、右の肩のあたりに截然《せつぜん》とせまった剣気。思わず、
「オッ」
 と、叫んで咄嗟に左にかわし、一気に土手下まで駈けおりて足場を踏み、柄《つか》に手をかけてキッとふりむいて見ると、誰もいない。岡埜の幟《のぼり》が風にはためいているばかり。
 ビッショリと背すじを濡らす悪汗《わるあせ》をぬぐいながら、さすがの顎十郎も顔色をかえて、
「実に、どうも凄い剣気だった。うっかりしていたら、まっぷたつになるところ。いまの居合斬《いあいぎ》りは柳生新陰流《やぎゅうしんかげりゅう》の鷲毛落
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