と、ひどい羽目に落ちこんで、抜きさしならないことになるんです。……ことに今度の場合なんざ、あなたはたしかに見当ちがい。そればかりではない、ひょっとして、あなたの出ようによっては、十二万五千石がフイになってしまう。……源次郎というのが乞食の子だろうと、そうでなかろうと、それを突つき出して見たって、それがどうだというんです。かくべつ、なんの手柄にもなりゃあしない」
てれ臭そうに頭を掻き、
「とんだ御説法《ごせっぽう》になりましたが、筋をいやアそんなわけ。根本《こんぽん》のところは、こんなつまらないことで、あなたをしくじらせたくないと思うから。……もっとも、あなたにばかり、手をひかせようと言うのじゃない。こういう手前も、ただいまかぎり、きっぱりと引っこみをつけますから、そこんところを買って、ひとつあなたも、これで段切《だんぎ》れということにしてくださいませんか。……手前の見こみじゃ、別にわれわれが手をださずとも、時期がくりゃあ、源次郎と萩之進は、黙ってたって古河へ帰るはずなんです」
藤波は、きっぱりした顔になって、
「そうですか、話はよくわかりました。俺も手をひくからお前も手をひけという。なにも役所の仕事じゃあるまいし、いわばほんの頼まれごと。そうまでいわれて、意固地《いこじ》にいやとはいいきれないところだが、それにしちゃア、あなたのしかけが悪い。話だけならともかく、千太が、こんなざまにされた上で、ああそうですかじゃ、いかにもおどされて引っこんだようで、私の顔が立たない。せっかくだが、その件はおことわりします」
と、膠《にべ》もない。
千人悲願《せんにんひがん》
小塚原《こづかっぱら》天王の祭礼で、千住大橋の上では、南北にわかれて、吉例の大綱《おおづな》ひき。深川村と葛飾村《かつしかむら》の若衆《わかいしゅ》が、おのおの百人ばかりずつ、太竹ほどの大綱にとりつき、エッサエッサとひきあっている。両方の橋のたもとはこの見物で、爪も立たないような大変な人出《ひとで》。
こういう騒ぎをよそにして、岡埜《おかの》の大福餅《だいふくもち》の土手下に菰《こも》を敷いた親子づれの乞食。親のほうはいざりでてんぼう。子供のほうは五つばかりで、これも目もあてられない白雲《しらくも》あたま。菰の上へかけ碗をおいて、青っ洟をすすりすすり、親父といっしょに、間がなしにペコペコと頭を
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