きでありましたが、この噂をえたりかしこしと、もってのほかのおとりつめよう。萩之進を窮命《きゅうめい》どうように押しこめて詮議《せんぎ》をなさいましたが、もとより根もないことでございますから、陳弁《ちんべん》いたしようもない。手ごわいと見てとってか、今度は、高野山から雪曽《せつそ》という人相見の法印《ほういん》を呼びよせ、端午の節句の当日、家中列座のなかで、源次郎さまの相は野伏乞食の相であると憚りもなくのべさせるという乱暴。このまま捨ておいては、ゆくすえ源次郎さまの御一命にもかかわるような事態になるやに存じたものか、今からふた廻りほど前の夜、萩之進は御寝所に忍び入って、源次郎さまを盗みだし、そのまま逐電してしまいました」
「そりゃあ、どうも乱暴ですなア。どういうせっぱつまった事情になっていたか知れないが、そんなことをしたら、源次郎さまとやらア野伏乞食の子だということを証拠だてるようなもので、のっぴきならぬ羽目になりましょう」
石口十兵衛は、実直にうなずいて、
「いかにもその通り、手前の心痛もひとえにその点にかかわりますので、なんとかして一日も早く探しだしたいと存じ、なにか手がかりでもと、萩之進の屋敷にまいりまして、文庫、手筥などを探しましたところ、江戸洲崎へ行くという意味の書きおきがござりましたので、間をおかず出府《しゅっぷ》いたしまして、とるものもとりあえず深川へまいり、洲崎一帯を手をつくして探しましたが、いっこうそれらしい手がかりもなく、すでに今日で十二日、むなしく踵《かかと》をへらして駈けまわるばかり。いまだになんの吉左右もございません。ところがいっぽう、数馬どののほうも、どこから洩れきいたか、萩之進が江戸へ落ちたということを探りだし、江戸一といわれる南町奉行所の控同心、藤波友衛に意を通じてしきりにこれも行方をさがさせているという噂。……御承知のとおり藤波というのはいかにも辛辣果敢《しんらつかかん》な人物。手前のほうは老人のよぼけ[#「よぼけ」に傍点]足でとぼとぼと探しまわっているのに、むこうは二百三百という下っ引を追いまわし網の目を梳《す》くように洗い立てております。これでは、とうてい勝負にはなりませぬ話。せっぱつまったその末、失礼もかえりみず突然、推参いたしたような次第、なにとぞ御諒察」
といって、息をつき、
「万一こちらが後手《ごて》になりますれば、源
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