が、簡単に明日のうちあわせをしておこうと、下城口までふたりを追いかけて来て、
「しばらく……」
と、声をかけた。両奉行は式台《しきだい》で、
「は?」
と、いっせいに振りかえったが、どちらも生きたような色はしていなかった。
前夜
走るように書院に入ってきて褥《しとね》につくと、甲斐守は手焙《てあぶり》にもよらず、いきなり、
「委細は、すでに、組頭、柚木伊之助《ゆのきいのすけ》から聞きおよんだであろうが、なんとしても、このたびのことは、容易ならぬ仕儀」
と、一口に言うと、端正な面をあげて見すえるように相手の顔を眺める。
こちらは、かすかにうなずいただけ。
「江戸一の折紙《おりかみ》のついたそちのことであるから、よもや、ぬかりもあるまいが、創口を一瞥《いちべつ》いたしただけで、手口、情況、兇器の種類、下手人の人別、下手の動機にいたるまで、その場でご即答もうしあげねばならぬということであれば、なかなか、たやすからぬこと」
といって、返事を待つように、またジッと相手の顔を見つめる。
相変らず、ウンともスンとも音沙汰がない。削竹《そぎたけ》のようにトゲトゲと骨ばった顔をう
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