即座にお答え申しあげねばならぬ」
 甲斐守は、緊張で蒼ざめた顔をふりあげて、
「さきほど相吟味、問答対決と仰せられましたのは?」
 伊勢守はニンマリと笑って、
「そこが、真剣勝負。相手の吟味に異存あらば、反駁《はんばく》反撃は自由。相手が屈服するまで、討論いたしてさしつかえない」
「ははッ」
「吟味聞役《ぎんみききやく》は、佐田遠江守《さたとおとおみのかみ》。審判役は手前があいつとめる。対決終了いたさば、石庵がお鶴の腑分《ふわけ》をなし、両人吟味の実証をいたす。……勝をとったほうには、奉行へご褒美として時服《じふく》ひと重《かさね》。吟味のものには、黄金五枚、鶴の御酒一|盞《さん》くだしたまわる。……晴れの御前試合。どちらもぬからぬよう、じゅうぶん勉強いたすよう申し聞かせ」
「はッ」
「委細《いさい》、承知いたしました」
 両奉行は西の溜へとってかえすと、あわただしく下城の支度をはじめる。……一刻も早くこのむねを伝えて、万事ぬかりなく準備させねばならぬ。将軍御前で、万一、相手に言い伏せられるようなことでもあったら、それこそ、奉行たるものの面目はない、一期《いちご》の恥辱。
 佐田遠江守
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