うの下役、仙波阿古十郎というは、まことに奇妙なやつの。もと甲府勤番の伝馬役《てんまやく》であったと申すが、なにしろ、ふしぎな理才を持っておるよし」
播磨守は、誇らしげにうっすらと面《おもて》を染め、
「御意にございます」
「それに、だいぶ変った面《つら》をしておるそうな」
播磨守は苦笑して、
「それが、はや、下世話に申す、馬が提灯。いかにも異様な顎なり。よって顎十郎というが通り名になっております」
伊勢守はおもしろそうにうなずきながら、
「聞いておる、聞いておる。諸葛孔明の面の長さは二尺三寸あったとか。異相のものには、とかく大智奇才が多い。……南に藤波友衛、北に仙波阿古十郎。近来、たがいに角逐競進《かくちくきょうしん》することは、すでに上聞《じょうぶん》に達している。されば……」
と、両奉行の顔を見くらべるようにして、
「今後いっそうの励みにもなろうと存じたにより、『瑞陽』とりしらべの件につき、両人|相吟味《あいぎんみ》、対決をねがいあげたところ、やらせて見い、との仰せ。……よって、明日、お鷹狩の後、お仮屋寄垣《かりやよせがき》のうちにて、両人の吟味問答をお聞きになる」
吟味
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