交《はがい》の下をあらため見たところ、胸もと、……心の臓のまうえあたりに二の字なりの深創《しんそう》がある。小松川すじの飼場濠には、水蛭《みずひる》が多く棲んでおるゆえ、創のかたちをもって案ずれば、水蛭の咬み傷と見て見られぬこともない。しかし、水蛭の咬み傷とすればただ一カ所というのが不審。それに、それしきの傷で鶴が死するはずがない。また前例もないこと」
甲斐守は膝をにじり、
「して、石庵の検案は」
「刺傷《さしきず》らしいと申す」
といって、言葉を切り、
「……かりに刺傷だとして、しからば何者がなぜにそのようなことをいたしたか、その理由がげせない。お鶴を刺しころして見たとて、なんの利分《りぶん》もあるまい。……狂気か酔狂か。……まず、そうとしか考えられぬ」
播磨守はうなずいて、
「いかにも、そのへんが不審」
「このたびの鶴御成は、儀式のお鷹狩のほか、すこやかな『瑞陽』のすがたを御覧になる思召《おぼしめ》しもあられたので、上にはことのほか御落胆。死因をきわめて、ぜひともその理を分明《ぶんみょう》させよとのお達しである。……それはそうと……」
といって、播磨守の顔を眺め、
「そのほ
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