れも、派手派手しく立働いているが、眼に見えぬ御両所の秘潜《ひせん》のお骨折があればこそ、ゆるぎなく御府内の安寧がたもっておる。まずまず、お礼の言葉もない。……ところで、明日はいよいよ鶴御成。国事多端のおりからにも古例を渝《か》えたまわず、民情洞察の意をもって鷹野の御成をおこなわせられること、誠にもって慶祝のいたり、物情騒然《ぶつじょうそうぜん》たる時勢、御道中警備の手はずには、もとよりぬかりのないことであろうが、それについて……」
 といって、こころもち膝をすすめ、
「……ここに、意外なことが出来《しゅったい》したというのは、ほかでもない。お上がかねてお手飼いなされ、ことのほか御寵愛なされた『瑞陽《ずいよう》』ともうす丹頂の鶴。……いかなる次第か、この夏ほどよりおいおい衰弱いたすので、小松川の御飼場へお渡しになり、下飼人|十合重兵衛《そごうじゅうべえ》というものに介抱をお命じになっていたが、今朝ほど重兵衛が代のかこいに入って見ると、『瑞陽』のお鶴が死んで水に浮かんでおった」
 ゆっくり、苦茗《くめい》をすすり、
「……鳥見役、網差、両名立ちあいにてお鶴医者|滋賀石庵《しがせきあん》が羽
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