印をほどこす。櫃は惣黒金紋《そうぐろきんもん》の駕籠に乗せられ、その場から京都に発《た》つ。……これで、午餐。
 さて未《ひつじ》の上刻となり、いよいよ古今|未曽有《みぞう》の捕物吟味御前試合。
 将軍は寄垣口の床几にかかり、左右に従行一同がいならぶ。
 青垣口の、白木の台の上には『瑞陽』の死骸が横たえられ、それを左右から取りつめるようにしてふたりの吟味役、藤波と顎十郎が床几にかける。吟味聞役の遠江守は南面、審判役の阿部伊勢守は北面してひかえる。
 籤先番は藤波友衛となり、一礼して台にすすみ、打ちかえし打ちかえし、羽交の裏表、口内、爪先にいたるまでとくと検《あらた》め、しずかに引きさがってくる。つづいて顎十郎の番。藤波の緊張した物ごしにひきかえ、こちらは相も変らずのんびりとしたようす。まるで石ころでもころがすように無造作にとっくり返し、ひっくり返し、気がなさそうに眺めていたが、なんだつまらぬといった顔で、のそのそと床几へもどってくる。
 遠江守は、膝に白扇をついて、
「お鶴あらためがおわりましたらば、ただちに吟味にかかる。心得はすでに老中より申し聞かされたはず。相対《あいたい》異論あら
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