ら覚悟をなさい」
 うそぶくようにして、はは、は、と笑った。

   鶴談義

 叔父が用意してきた弁慶格子の半纒に割羽織。すっかり鷹匠の支度になって、藤波とふたりで代地の入り口に控えているところへ、小村井のほうから蹄《ひずめ》の音がきこえ、
「御成りイ」
 という声とともに行列は早くも代地の木橋へかかる。将軍は藤色の陣羽織に金紋漆塗の陣笠。従者はばんどり羽織に股引、草履のいでたち。老中、若年寄、近侍をふくめて三十騎。寄垣《よせがき》前で下馬すると、将軍はお仮屋のうちで少憩。辰の下刻、鳥見役の案内で狩場に立ちいでる。
 いちめん茫々とひろい草地の上のところどころに葭簀張《よしずばり》のかこい場がある。はるかむこうの川入りの池のそばで、十二三羽の鶴が長い首をふって歩きまわっている。
 鷹匠頭が精悍な眼をして大切斑《おおきりふ》の鷹を拳《こぶし》にすえて将軍の前に進みそれを手わたしすると、鳥見役は大きな日の丸の扇を高くかざしながら池の鶴のほうに寄って行って、
「あ、ほい……あ、ほい……」
 と、声をかける。
 たちまち、一羽立ち二羽立ち、ざあっと羽音も清々《すがすが》しく、冬晴れの真ッ青な
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