けにとられて眺めていると、ドッと歓声をあげて蘆のあいだに舳をつっこんだ早船から、ヒラリと飛びおりた藤波が、折蘆を蹴わけるようにして近づいて来る。
 顎十郎は、竿をすてて立ちあがり、
「いよウ、これは、藤波さん」
 藤波は、悪く丁寧なお辞儀をして、
「あなたが、大利根すじへ釣りに行かれたというので、実は、ゆうべから南北のお船手とわたくしがよっぴて、あなたの行方を探しまわっていたのです。……いや、どうも骨を折りましたよ。……ところで今朝の寅刻《ななつ》、こりゃア、いよいよいけないということになって、落胆して、スゴスゴ中川まで漕ぎもどったところ、十間橋の船宿のおやじが、仙波さんなら、すぐこの川上にいるという。まさに行灯したの手くらがり……」
 相も変らず、しゃくるような調子でいって、それから、手みじかにきょうの捕物御前試合のしだいを物語ると、切長の眼のすみから顎十郎をねめつけるようにしながら、
「きょうこそは、どうでもあなたを叩きふせてやろうと思いましてね、ゆうべから死に身になって探していたんだが、ここでつかまえることが出来たのはなにより重畳《ちょうじょう》。仙波さん、きょうは遠慮をしないか
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