らす。正直のこうべに神やどる。身投げをしようという一期のおりに、手前のような交際《つきあい》のひろい男に出っくわすなんてえのも、これもみな美徳のむくい。とても五百石とはいかねえが、一家七人|安気《あんき》に喰えるようなところへ、取りつかせて見せます。身装《なり》は悪いが、これでなかなか強面《こわもて》がきく。大名も小名も、みな手前の朋友のようなもんです。かならずなんとかしますから、もうこんな不了見を起しちゃいけませんぜ。……この三日のあいだに、吉左右《きっそう》をお聞かせしますから、当にして待っていてください」
と、いつになく、親身《しんみ》に老人をなぐさめ、手をとって小村井の往還《おうかん》まで送ってやって、また、さっきの岸で釣糸をたれようとしていると、中川の下流から、
「ヤッシヤッシ」
と、漕ぎのぼって来た二艘の早船。細長い、薬研《やげん》づくりの、グイと舳《みよし》のあがった二間船。屈強《くっきょう》の船頭が三人、足拍子を踏み、声をそろえて漕ぎ立て漕ぎ立て、飛ぶようにしてやって来る。
見ると、先の船に乗っているのが、藤波友衛。
あまり物々しいようすに、さすがの顎十郎もあっ
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