て阿修羅《あしゅら》のように走りだした。
桃葉湯《もものはゆ》
本郷三丁目の『有馬《ありま》の湯』。
六月三日が、土用《どよう》の丑《うし》の日。この日、桃の葉でたてた風呂へ入ると、暑気をはらい、汗疹《あせも》をとめるといって、江戸じゅうの銭湯で桃葉湯《もものはゆ》をたてる。
れいによって、番所をなまけ、手拭いを肩にひっかけて汗をながしに行く。
ちょうど七ツさがり、暑いさかりで、浴客《きゃく》はほんの二三人。
小桶を枕にして、流し場に長くなっているのは、いつも間のびのした歯ぬけ謡をうなる裏の隠居。顔は見えないが、湯壺《ゆつぼ》のなかで粋《いき》な声で源太節《げんたぶし》を唄っているのがひとり。
顎十郎が、小杓子でかかり湯をつかっていると、唄がやんで、柘榴口《ざくろぐち》からまっ赤になって這いだして来たのは、加賀さまのお陸尺で、顔なじみの寅吉という剽軽《ひょうきん》なやつ。
顎十郎の顔を見ると、ひゃッ、と頓狂な声をあげておいて、
「いよう、これは仙波先生、きょうは、もうお役あがりですか」
顎十郎はふ、ふ、と笑って、
「この暑気では、役所づめもおかげがねえでな、休
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