それは、あんまり、むごいおあつかい……」
「腹を立てられても困る。……なにしろ、相手は氷のことだでな、溶けてしまったものは、いかな氷見役でも、どう扱いようもない。……さあさあ、もうお引きとりなさい」
 とりのぼせて、手をのばして氷見役の腕をつかみ、
「……では、お土でも……」
 氷見役人は癇を立てて、
「なにをする、手を離せッ」
「お願い……お願い……」
「これ、手を離せと申すに!」
 手づよく押しのけたはずみに、丼がケシ飛んで、地べたの小石にあたって二つに割れる。
「これは、ご無体《むたい》!」
「無体とは、こちらの申すことだ、マゴマゴしないで、早く帰れ」
 浪人者は地面にかがんで、もそもそと丼のかけらを拾いあつめていたが、なにを思ったか、スックリと立ちあがると、手に持った丼のかけらを力まかせに地面にたたきつけ、
「……よし、どうでもくれぬというなら、取るようにして取って見せる。……まだ、水道橋へはかかるまい。……これから追いかけて……」
 眼に血をそそぎ、すさまじい形相《ぎょうそう》で壱岐殿坂《いきどのざか》のほうを見こむと、草履《ぞうり》をぬいで跣足《はだし》になり、髪ふりみだし
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