みにした」
 寅吉は、並んでかかり湯をつかいながら、
「先生は、相変らず、のんびりしていらっしゃる。……御用がなかったら、あっしどもの部屋へ遊びにおいでなさいませんか。この節は、ちっとも顔をお見せにならねえので、いつも、みなとお噂をしておりやす」
「いいな、ひと風呂あびたら、いっしょに行って、久し振りにみなと馬鹿ッぱなしでもするか」
 寅吉はよろこんで、
「じゃ、背中でもお流ししましょう」
 と言って、膝をうち、
「……それはそうと、あけて前の朔日、ひょんな騒ぎがあったことをご存じですか」
「いや、聞いていない」
「じゃ、お聞かせしましょうか」
「聞かせてくれるのはありがたいが、暑苦しい話なら願いさげだ」
「暑苦しいどころか、とほうもなく涼しい話なんで……。なんと言っても、お氷の件なんだから」
「お氷が、どうした」
「世の中には、ずいぶん変ったこともあるもんですが、こんどなんかも、その、なかんずく。……お屋敷からあがった献上のお氷を桐箱ぐるみそっくり持って行ったやつがいるんです」
「ほほう、それは、いかにも涼しい話だの」
 寅吉は乗りだして、
「なんと申しやしてもね、古くからの重い慣例
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