しておりましても、万一を思われて、気もそぞろになります」
 血走った眼で、列についている人びとを見まわし、
「お並びのご一統には、この通り……」
 丼を持ったまま、地面に片膝をつき、
「……この通り、お詫びをもうす。……なにとぞ、手前勝手を……」
 番衆は顔をしかめて、
「そんなところに膝をつかれては困る。……順々ときまったことだから、順のくるまでお待ちなさい」
「では、これほど、お願いをしても……」
「あんたも、くどい」
「どうでもお聞き入れくださらぬとあれば、やむをえぬ、……列にもどります。……ご無礼もうした」
 うっすらと涙ぐんで、うなだれがちにトボトボと根津上のほうまでもどって行く。
 そうするうちに、ようやく氷があがり、先頭のほうから順に氷室のほうへ動きだす。
 氷室の前では、氷見《ひみ》の役人が十人ばかり金杓子《かねじゃくし》を持って待っていて、順々に差しだす丼や蓋物におあまりの氷をすくっては盛りこんでやる。
「さあ、お次お次……」
 貰ったものは喜んで、
「どうもお手かずさま、ありがとうございました」
 と、礼を言い、丼を袖や袂でおおいながらいそいそと小走りにもどって行く
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