んとやらじゃないんだから、つまらぬ庇いだては、まずまず御無用」
 青地は、思わず膝をのりだして、
「そ、それは、事実で……」
「事実もなにも、酒井の部屋には、これが嘘でないという証人が十人、二十人とおります。……もっとも、石田清右衛門のほうは、自分が駕籠をひっくり返したために、こんなえらい騒ぎになっているなんてことは知らない」
 顎十郎は、長い顎のさきを撫でながら、うそぶいて、
「……ところで、手前には、だれがお氷の箱をあなたの家へ投げこんだか、だいたいあたりがついている。……が、それは、こっちの話。……ところで、氷の箱ですが、これは盗まれたのではなくて駕籠からころげだし、あのへんの草むらの中へ落ちていた。それを誰かが、なにか金目なものと思いこみ、拾ってかかえて来たが、さて、あけて見たところが、ただの空箱。……なんだ、つまらねえ、で、行きずりに垣根越しにあなたの家のなかへ投げこんだ。……掏摸《すり》などがよくやる手で、盗んだ財布から金だけ抜きとり、財布のほうはところかまわずそのへんの縁の下へ投げこんで行く。そんな例はザラにあるんです。……運わるく投げこまれたのがあなたの家で、それが、あ
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