が、手前には、長一郎という長男がございましたが、これがいかにも放蕩無頼《ほうとうぶらい》。いかがわしいものをかたらって町家へ押借《おしかり》強請《ゆすり》に出かけます。……眼にあまりまして、去んぬる年、勘当いたしましたが、いかに無頼でもそこは血の濃さ。……弟、源吾のほしがる雪を盗みとって家さきに投げこんだものと察し、生さき短い手前が、長一郎の罪をせおって打首になれば、いかな無頼なやつも本心に立ちかえるであろうと存じ、それゆえ、お上を欺《あざむ》くようなこんな仕方をいたしました」
顎十郎は、組んでいた腕をといて、
「お話はよくわかりましたが、それは、チト妙ですな」
「はて」
「……古帷子で顔をつつんで一ツ橋の門から駈けだし、お氷の駕籠につきあたって、あわててまた門内に駈けこんだその男は、酒井の大部屋で手遊びをしていた石田清右衛門という御家人《ごけにん》くずれ。……勝負のことで小者の小鬢を斬り、足にまかせて逃げだした鼻さきへ駕籠が来て、ついのはずみに駕籠をひっくり返し、これは、と狼狽《うろた》えて、また部屋へ逃げかえった……氷もなにも盗んじゃいないのです。いわんや、あなたの子息の長一郎さ
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