なたの不幸、と言ったようなわけ、……いかがですか、たしかにおわかりになりましたな」
それから一刻ほど後、顎十郎はブラリと加賀の大部屋へあらわれる。為と寅を空地へ呼びだして、
「……寅に為……よくやったな」
二人は、あっけに取られて、
「よくやった……だしぬけに、なんです」
顎十郎は、へへら笑って、
「駕籠がひっくり返ったはずみに、氷の箱が駕籠から飛びだして、土手下の草の中へころがりこんだ。……青地のせがれが大熱で、たいへんに氷をほしがっていることを知っている。こいつぁ、いい、で、互いに眼顔で知らせ、わッ、あの侍、お氷の箱をかかえて逃げて行きやがる、と騒いだな。氷見役人などはみな頓痴気《とんちき》だから、そりゃ、大変、で追いかける。……どのみち、ふたりに用はない。西の丸そとをさんざ駈けまわらせておいて、ふたりのうちのひとりが氷の箱をかかえ、早駈けして青地の家へ投げこむ……」
キョロリと二人の顔を見て、
「青地が馬鹿正直で、箱をかかえて自身番へ訴えでたには驚いたろう」
為は、息をのんで、
「ど、どうしてそれを……」
「見そこなっちゃいけない、おれの耳はお前たちのとはチト出来がち
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