だしてくれ。おれは三十分おくれてここから駈けだすから……」
「よろしゅうございます」
「一分ちがっても青地の生死のわかれ目。しっかりやってくれ」
と言って、部屋頭に、
「お前に、この袂時計をあずけておくから、キッチリ四十ミニュートで一ツ橋にかかるように頼むぞ」
「合点でございます」
「こう見えても、駈けるほうじゃめったに人にはひけは取らねえ。……いわんや、喰うや喰わずの青地の駈けるのとはわけがちがう」
そう言っているうちに、三字。
それ舁きだせというので、為と寅がグイと腰をあげる。部屋頭がつきそって、
「じゃ、まいります」
「さあ、行ってくれ」
みなががやがや言いながら、正門のほうへ送って行く。
顎十郎は、氷室の腰掛へかけて時間のくるのを待っていると、そのうちにお時計のあるほうからドーンと時刻《とき》の太鼓。
ちょうど、三字半。
裾をジンジンばしょりにし、草履をぬいで跣足になると、
「さあ、行くぞ!」
いきなり闇雲に駈けだす。
空地をまわってお長屋わき、正門から本郷の通りへ飛びだすと、本郷一丁目を右へ壱岐殿坂。
水道橋をわたって水野の大屋敷を左に見、榊原式部《さかき
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