ねて来てくれ。……おれは、これから金助町の叔父のところへ行って袂時計を借りだして来るから。……もどって来たら、すぐ吊りだせるように、氷室のそばへ駕籠を持って行っておいてくれ」
「へい、ようございます。……おい、為、寅、駕籠部屋から駕籠をひきだして、お氷の箱ぐらい重味《おもみ》を乗せておけ」
「合ッ点」
 つい、眼と鼻の金助町。
 叔父から袂時計を借りだして氷室のそばまで行くと、部屋じゅう総出になって顎十郎を待っている。
「これは、えらい人数だ」
「どうせ、尻おしついでに、みんなで威勢よく押しだそうというんで……」
 顎十郎は手をふって、
「いけねえ、いけねえ、そんなことをしたら目立ってしょうがない。……為と寅、部屋頭、この三人だけでたくさんだ。……ときに、氷見役人はなんと言った、なん刻に氷振舞がおわったと言った」
 敏捷《はしっこ》そうなのが進みでて、
「……氷室をしまって詰所へひきあげたら、ちょうどお時計が十字半を打ったと申しておりました」
「十字半……よし、わかった」
 袂時計を出して見ながら、
「この袂時計で、いま、ちょうど三字五分前。……いいか、キッチリ三字になったら駕籠を吊り
前へ 次へ
全40ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング