まわりを取りまいているつまらぬ顔を見まわし、
「こんどは、なにか、妙な騒ぎがあったそうだの」
部屋頭が、割膝《わりひざ》でそそり出てきて、
「いや、どうも、馬鹿な騒ぎで……。為と寅のおかげであっしら一同えらいお叱りで。……これがほんとうのそば杖……。いってえ、こいつらは間ぬけなんで、駕籠に押しあてられたぐれえでひっくり返るなんてえのはざまのねえ話。……恥ずかしくてなりません」
「まあ、そう言ったものでもない。……ものには、はずみというものがある。畳の上でころんでも、間が悪けりゃ、足をくじく。……いま、有馬の湯できいたばかりなんだが、氷を盗んだとか盗まないとかいう浪人者は、じつは、おなじ割長屋にすんでいる男での……」
……家には、ことし十歳になる伜が時疫で熱をだして寝たっきりになっていることから、青地が氷をもらいそこねて逆上し、つまらないことを口走ったてんまつを話してきかせると、部屋じゅうは、急に湿りかえり、なかには鼻汁《はな》をすするやつまでいる。
部屋頭は、手拭いで鼻の頭をこすりながら、
「そんな経緯《いきさつ》は知らねえもんですから、腹立ちまぎれにドジだの腰ぬけだのと言いまし
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