たが、そういうわけなら、そんなひでえことを言うんじゃなかった」
「聞く通り、いかにもあわれな話だでの、なんとかして助けてやりたいと思っているんだが……」
「へい、へい」
「それについて、どうでも手を借りなけりゃならねえことがあるのだが、どうだ、貸してくれるか」
 部屋頭は、臀《いしき》を浮かせて、
「貸すも貸さねえもありゃしません。……陸尺といや駕籠の虫、見かけはけちな野郎だが、水道の水を飲んだおかげで気が強い。弱い者なら腰をおし、強いやつなら向うっつら。韋駄天が革羽織《かわばおり》で鬼鹿毛《おにかげ》にのってこようがビクともするんじゃありません。……藤波だか蛆《うじ》波だか知らねえが、へたに青地を追いおとそうというなら、江戸の役割三百五十六部屋、これにガエンと無宿《むしゅく》を総出しにし、南の番所を焼打にかけてしまう」
 顎十郎は、長い顎のさきを撫でながら、
「まあまあ、そう意気ごまんでもいい。……おれが頼みたいというのは、そんな大したことじゃない。すまないが、為と寅に駕籠を舁《か》かせて、一ツ橋御門まで行ってもらいたいんだ」
 部屋頭は、怪訝《けげん》な顔で、
「へい、為と寅に駕籠
前へ 次へ
全40ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング