います、誠意を披瀝《ひれき》し、一日も早くもどってまいりますから、なにとぞ、不憫《ふびん》とおぼしめして……。いかにもあわれな話ですから、あとのことはたしかに引きうけたからと申しますと、みすぼらしいほど礼をのべ、家ぬし同道で自身番へ行きました」
 顎十郎は首をふって、
「ああ、そいつは、いかんな」
 隠居はうなずいて、
「……いけないというのには、こういうことがあります。……氷を貰いそこねてクヮッと逆上し、氷見役人の前で、どうでもくれぬというなら、これからお氷の駕籠を追いかけて、かならず奪って見せるからと、丼をたたきつけ、えらい形相でその場から駈けだした……」
「いやはや」
「……じつのところは、どうでもとる気で水道橋へんまで追いかけたのだそうです。……しかし、かんがえて見れば、お献上の品に手をかければ、軽くて打首《うちくび》、重けりゃ獄門。……そうなりゃ、かえって伜に憂目《うきめ》を見させるわけ。……ああ、やめにしようと、トボトボと引きかえした。……ところがもうひとついけないことがある。……いまも話していらっしゃいましたが、源右衛門のその日の着つけが、古帷子に塗鞘の二本ざし。……一ツ
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