ると、ひと心地のないながらに、ああ冷たい、うまいねえ、と子供は夢中になって喜びます。……なにしろひどい熱ですから、ものの五分もたたぬうちに、また喉をかわかして、雪をおくれという……。こうなるとたまらない、堰《せき》が切れたようになって、もうひとかけらぐらい、いいだろう……もうひと口はいいだろう。……いいだろう、いいだろう、で、すすらせるほうと溶けるほうで、見る見る雪がへってゆく。こうなればもう破れかぶれ、いっそのこと、この雪で額や胸を冷やしてやったら、どんなに子供が楽になるだろう……。手拭いに押しつつんで胸と頭へあててやると、ああ、涼しいね、と子供はよろこぶ。……あッと気がついたときには、もう、ひとかけらの氷もない」
 顎十郎はいつになく、しおっとして、
「いやどうも、気の毒な話ですな。……それで、どうしました」
「しまったと思ったが、もう遅い。……桐箱をかかえてボンヤリあたしのところへやって来て、ありようをくわしく話し、これから真砂町《まさごちょう》の自身番へ名のって出るつもりだから、どうか伜のことはおたのみ申す。……誓って、手前が盗ったのではありませんから、かならず疑いはとけると思
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