、囈言のあいだにも、雪をくれ、雪をくれとせがみます。……親の身としては、息のあるうちにせめてひと口なりとすすらせてやりたい。間もなくお雪があがるということで、丼をひっつかんで駈けつけたが、ちょっと遅かったばっかりに貰いそこね、ガッカリと気落《きおち》して、魂がぬけたようにトボトボと帰って来た、……その鼻さきへ桐箱に入ったお氷。……当座は、夢を見てるんだと思ったそうです。……あまり欲しい欲しいが凝りかたまって、現《うつつ》にこんなものを見るのだと思った……」
「そりゃ、そうありましょう」
「……さわって見ると、これが冷たい。……たしかに、夢じゃない……すぐ届けりゃよかったんですが……」
「子のかわいさにひかされて、お雪に手をつけた」
「その通り……。いくら逆上したといっても、そこはお侍。それをしたら大変なことになると、いったんは、すぐ訴えでようと思ったそうですが、眼の前で、せがれが熱に苦しんで、虫のような細い声で、お雪を、お雪を、と囈言をいっている……」
「ふむ」
「……ほうっておけば、どうせ、溶けてなくなるもの、ひとかけらぐらはいいだろう。……さあ、雪だぞ、と言って、子供の口にさしつけ
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