だしている、すぐ裏の浪人者……青地源右衛門《あおちげんえもん》……」
「知らないわけはない……糊《のり》売ばばあの奥どなりの、……源吾とかいう子供とふたり暮しの……」
「へえ、そうでございます」
「話はしたことはありませんが、手前の二階の窓からちょうど眼の下で、なにしろ、ひと間きりの家だから、いやでも胴中まで見とおし。……四五日前に、子供が熱を出したとかで、だいぶと心配らしく見えましたが……。あれが、お雪盗びと……」
「盗んだのか、盗まぬのか、それは、あたしどもには、きっぱりしたことは申されませんですが、ありようは……、と言っても、源右衛門さんの述懐《じっかい》ですが、自分が盗んだのではなく、だれか知らないがお氷の入った桐箱をあがり口へおいて行った者があると、そう言うんでございます」
「はて、……お氷の箱があがり口に……」
「……加賀さまへお雪をもらいに行き、貰いそこねてぼんやり帰ってくると、あがり口に見なれない桐箱がおいてあるので、なんだろうと思って蓋をはらって見ますと、それが、胸も焦げるほどに欲しいお氷……」
「ほほう」
「……と申しますのは、ご承知のように、伜がずっとひどい大熱で
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