を喰って棒ばなで薙《な》がれ、ものの二三間もひょろついて行って駕籠をほうりだして、もろにあおのけにひっくり返っちゃった……」
「さまはねえの」
「いや、どうも……。どういうはずみか知らないが、ひっくり返ったところへ、まるでご注文みたいに駕籠がおっかぶさって来て、あっしは眉間を、為は鼻づらを火の出るほど棒ばなでどやしつけられ、まったくの、かんかんのう、きゅうれんす。……痛えの候《そうろう》の、キュッといったきり息もつかれねえ。……そうしてるうちに、そいつがたおれた駕籠の曳扉に手をかけると、いきなりお氷の桐箱をひきずり出して小脇へかかえ、横ッ飛びにパッと御門内へ飛びこんじまった……」
「なるほど」
「……話しゃあ長いが、体あたりをくれておいて、お雪の箱をひっかかえの、門の中へ飛びこむまでは、ほんのアッという間。……これは、と言ったときには、もう影もかたちも見えない。……添役人は十人もくっついているんですが、どれもこれも書役《かきやく》あがりの尻腰《しっこし》なし。……おや、たいへんとマゴマゴするばかり。……ようやくわれに返って門内へなだれこんだが、もうあとの祭。……盗っとは松平越前の屋敷の
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