り口で二百歩目でにらんだ傍示杭《ぼうじぐい》は、今年もおなじ二百歩目でにらみつけようというわけなんで……。あっしと為が、毎年、お氷の駕籠をつって行くんですが、この駕籠かきだけは二人でなくちゃ勤まらねえ。……まあ、そういったようなものなんです」
「おもしろいの」
「……ところで、その日、お氷が氷室を出たのは、お添役の袂時計で十|字《じ》五|分《ふん》……御正門を出たのが十字十分……壱岐殿坂を下りきって二十五分……水道橋をわたりきって三十分……神保町かどが三十五分……三番原口から一ツ橋かかりが四十五分。ところで、ここで、ひょんなことが起きちまった……」
「どうした」
「……いま、一ツ橋御門へ入ろうとすると、いきなり門内からむさんに飛びだして来たやつがあって、闇雲《やみくも》に駕籠の曳扉《ひきど》のあたりにえらい勢いで体あたりをくれた……」
「ほほう」
「……人間ひとりが乗っているなら、ひとの重さがありますから体あたりぐらいでひっくり返るなんてえこたあねえんですが、なにしろ、中身はごく軽いんだから駕籠は宙に浮いている。……そこへ、いきなり、えらい勢いで突っかけられたんで、あっしと為は、はずみ
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