一艘ずつ虱《しらみ》つぶしに調べあげているんですが、いまだに、なんの手がかりもねえようなわけなんで……。それでね、阿古十郎さん……」
 返事がないので、のぞきこんで見ると、顎十郎、膝に手をついたまま鼾《いびき》をかいて眠っている。

   金座《きんざ》

 金座は、俗に、お金改所《かねあらためどころ》ともいって、いまの造幣局《ぞうへいきょく》。
 日本橋、蠣殻町《かきがらちょう》二丁目にある銀座が分判銀《ぶばんぎん》、朱判銀《しゅばんぎん》を鋳造するのにたいして、金座のほうは大判、小判、分判金《ぶばんきん》を専門に鋳造する。
 江戸金座は元禄のころまでは、手前吹き、つまり下請《したうけ》制度で、請負配下が鋳造した判金を、金銀改役|後藤庄三郎《ごとうしょうざぶろう》が検定|極印《ごくいん》をおして、はじめて通用することになっていたが、元禄八年に、幕府の財政の窮迫を救うため、時の勘定奉行|萩原近江守《はぎわらおうみのかみ》が、小判の直吹《じかぶ》き制度を採用することになり、本郷霊雲寺わきの大根畑(地名)に幕府直属の吹所《ふきどころ》(鋳造所)をつくり、諸国の金座人をここへ集め、金座を芙蓉
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