、あのわずかなあいだ、しかも朝がけ、ひと目のたくさんあるなかで三十二の千両箱をすりかえるなんてえ芸当ができるわけのもんじゃない。……すると、どういうことになる。……三十二の千両箱は、石船ですりかえられたんじゃなくて、金座をでる前にもうそうなっていたんだと考えるほかはない。……言うまでもなく、あの事件の後前《あとさき》にはすりかえができるような、そういう隙は一度もなかったから。……賊は、実は金座の中にいるので、それを外部の事件と見せかけるために、ああいう手のこんだことをやった。……そういう見せかけの事件をつくろうとしたことが、逆に、事件はすでに金座の中にあったのだということを裏書することになるんですな。……では、どんな工合にしてやった?……聞くところでは、一度、小判に極印を打って包装して千両箱におさめ、これを金蔵に収納すると、一年一度しか金箱のなかを改めない。……そのくせ、金蔵方は無造作に、しょっちゅう金蔵に出たり入ったりしているんです。……すこし気長にかまえさえすれば、毎日すこしずつ千両箱の中身を古釘にすりかえるくらいなことはいくらだってできる。一日に百両づつみ二包みずつ掏りかえて行っ
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