「渡らないたはず」はママ]なのに、ご承知のように、石船はチャンと動き出している。……この理から推して、芳太郎の凧は、合図でもなんでもなかったのだと言ってるんです。……要するに、合図があったのは芳太郎の凧あげ以前のことだったと思うほかはない。……どうです、ご納得がゆきましたか」
 と、小馬鹿にしたように、顎をふって、
「天の理というものは微妙なもので、この二三んち来、風がいつも同じ方向から吹いていたなんてことは、これは、まったく天のなせる業《わざ》。……金座からあげた芳太郎の凧がここに落ちるなら、むこうの厩に落ちた行灯凧も、従って、やはり金座から出たと思えないことはない。これは、あながち、こじつけとも言われますまい」
 急に真顔になって、
「じつは、あの事件があって以来、手前は、一ツ橋そとの二番原へ行って、凧をあげながらいろいろなことを考えておった。……凧あげも存外《ぞんがい》おもしろいものですが、そうしているうちに、チョイとした妙なことに気がついたんです。……さっきも言ったように、これで功名しようの、あなたをへこまそうのというんじゃない、ほんのお道楽。……これから、妙の妙たるゆえんをお
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