、こんなふうにも申しているんです。……その証拠をお目にかけますから、まあ、こちらへいらっしゃい」
 顎十郎は先に立って厩を離れ、矢場の※[#「土へん+朶」、第3水準1−15−42]《あずち》のうしろをまわって塀ぎわのひろい空地に出ると、急に足をとめ、蟠屈《ばんくつ》たる大きな老松《おいまつ》の梢《こずえ》をさしながら藤波のほうへ振りかえり、
「芳太郎の凧が、合図でもなんでもなかったという証拠は、まず、あの通り、……芳太郎の凧は、雁木にからめて奪《と》られたんでもなんでもない。あれ、あの枝にひっからまってブラさがっています」
 指さされたほうを見あげると、いかにも、まだ紙の色もまあたらしい白地に赤二引の丹後縞のけん凧がブラさがって、ブラブラと風に揺れている。
「いかがです。金座の塀の内からは、この松は見えない。……芳太郎のほうは、れいの通り、とんび組がきて引っきって行ったのだろうと思ったのだろうが、じつは、こんな始末だったんです。……あの凧に結び文があったかないか調べるまでもない。……かりに、そうだとすると、芳太郎の凧がこんなところにひっかかっている以上、むこうへ合図が渡らないたはず[#
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