だが、それだと言って、立馬に罪がないとは言いきれない。長崎ふうのけん凧をつくって子供にあたえるくらいなら、そうとう凧に心得のあるやつ。行灯凧だってあげるだろう。……夜のうちに、自分で行灯凧をあげ、朝になって、御用金が金座を出る間ぎわに、間もなくこれから出るぞという合図に、こんどは、せがれに白地に赤二本引きの凧をあげさせた……」
 顎十郎は、首をふって、
「どうもいけませんな。凧をつくる男なら、金座にもうひとり名人がいる。……それは、やはりお金蔵方のひとりで、石井宇蔵《いしいうぞう》という男です。そいつが金座の子供の烏凧をぜんぶ作ってやっている。……これは余談ですが、手前に言わせれば、芳太郎の凧は合図でもなんでもありゃしない、いわんや、結び文などはもってのほか。……あなたは、その凧に結び文をつける約束ができていて、石船のほうでそれを雁木にひっかけて持って行ったのだと言われる。……ところで、そんなことは、まるっきりなかったんです」
 藤波は含み笑いをして、
「ほほう、まるで、見ていたようなことを言う。……そんな大きな口をきくからには、なにか、たしかな証拠でもあるのでしょうな」
「あればこそ
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