丹後縞のけん凧をあげた。……これが金座から御用金がでる半刻ほど前。……あなたのお見こみでは、立馬左内が、きょう間もなく御用金が金座を出るのを知って、稲荷河岸あたりで待っている一味の石船にそれを合図するため、どこからでも目立つ白地に赤びきの長崎凧を、せがれの芳太郎にあげさせた……。それにちがいはありませんか」
 藤波は冷然たる面もちで、
「いかにもその通り、それが?」
「まあ、平に平に……。それが、その凧をどこかの凧が切って持って行った。……それというのは、たぶん、その凧にくわしい手はずを書いた結び文でもしてあったのだろう……」
「それが、どうした」
「つかぬことを伺うようですが、では、その凧は、たしかに石船の一味の手へ入ったというお見こみなんでしょうな」
「なにをくだらん、……手に入ったればこそ、ああいうことが出来たのだ」
 顎十郎はうなずいて、
「なるほど、理詰ですな」
 と言うと、キョロリと藤波の顔を眺め、
「ときに、藤波さん、もう十一月だというのに、この二三日、どうしてこうポカつくか、ご存じですか?……まるで、春の気候ですな」
 藤波は、いよいよ癇を立て、
「手前は、あなたと時候
前へ 次へ
全48ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング