と振りかえって、
「おう、ひょろ松か……」
「ひょろ松か、も、ないもんです。……なにをしているんですってば」
「なにをって、見たらわかるだろう、凧をあげている」
ひょろ松は、ふくれッ面をして、
「あなたのようなのんきな人を見たことがない。……いよいよ南と北のあいがかり、火の出るような鍔《つば》ぜりあいになってるというのに、こんなところで凧あげなんかしているひとがありますか! 呆れかえってものが言えやしない」
「すっかり病みつきになってな。……ひょろ松、おもしろいからお前もやって見ろ」
「ちッ、凧どころの騒ぎですか。……南では、藤波が金座のお蔵方の立馬左内《たつまさない》というのを、こんどの立役者だときわめをつけ、十歳《とお》になる伜《せがれ》もろとも番屋へひきあげ、追っつけ口書をとろうとしているというのに、北の大将は餓鬼《がき》どもにまじって、火除地の原っぱで凧あげたあ、どうですか。……役割部屋へたずねて行くと、毎日、朝っから飛びだして、夕方でなけりゃ帰らないということだから、てっきり身を入れてやっていてくださるんだとばかり思っていたら、あなたは、こんなところで遊んでいたんですか」
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