「ああ、そうだよ」
 ひょろ松は泣きだしそうな顔で、
「そうだよ、は泣かせるね。……こんなことなら、いっそ初《はな》ッから頼りにするんじゃなかった。……当にしていたばっかりに、あっしの方はてんで持駒《もちごま》なし。……あっしのほうはどうしてくれるんです」
 顎十郎は、ちょいと凧の糸をあしらってから、
「……ほう、藤波がそんな早いことをやったか。……それにしても、そんな子供までひきあげたのは、どういう経緯《いきさつ》のあることなんだ」
 ひょろ松は、顎十郎のそばへしゃがみながら、
「……つまり、御用金が金座から出た朝、凧をあげたのは、その子供ひとりだったんで……」
「それが、どうしたというんだ」
「……ご承知のように、御用金が金座を出たのが朝の六ツ刻。……ところが、左内のせがれの芳《よし》太郎というのが、それから半刻ほど前に長屋の空地で、たったひとりで凧をあげていた。……いくら好きでも、六ツといえば夜があけたばかり。……そういう時刻に凧をあげるのはおかしい。……ところで、芳太郎の父親の左内はお金蔵方。……藤波の推察じゃ、これから間もなく金座から御用金が出るということを、子供のからす凧で
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