、高くあがった烏凧をトホンと見あげてござる。
顎十郎のからす凧は、黒い翼をそらせ、青い青い空の高みで、ちょうど生きた烏のようにゆっくりと身をゆすっている。
五角、軍配、奴、切抜き……極彩色《ごくさいしき》の凧ばかりのなかで、黒一色の顎十郎のからす凧がひどく目立つ。
黒塗の上へ湿気《しっけ》どめにうすく明礬《どうさ》をひいてあるので、陽の光をうけて傾くたびに、ギラリと銀色に光る。
小川町《おがわまち》の紙凧《たこ》屋、凧八で十文で買ったからす凧。けさ早くから二番原へやってきて、夢中になって凧あげをしている。
鬢の毛を風にほおけ立たせ、だいぶご機嫌のていで、空を見あげながらニヤついているところへ、通りかかったのが、れいのひょろ松。
呉服橋うちの北町奉行所から、神田の自分のすまいへ帰るちょうど道順。
いつもの癖で、セカセカと前のめりになりながら、二番原へはいって来た。
フイと足をとめて、顎十郎のうしろ姿を眺めていたが、まぎれもないとわかると、呆れかえったという顔で近づいてきて、
「阿古十郎さん、……あなたは、まあ、いったい、なにをしていらっしゃるんです」
顎十郎は、ゆっくり
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