怪訝《けげん》な顔をするのを、かまわずにツイと押しとおって、長屋わきから中門口へかかる。六尺棒を持った番衆が四人突っ立っていて、どちらから。
そこを通りぬけると、金座の役宅門へかかる。ここでもまた、どちらから。
顎十郎は閉口して、
「どうも、手がかかるの。金というものはこんなに大切なものとは、こんにちまで知らなかった」
門を通って、ようやく役所の玄関。
名のりをあげると、座人格の下役が出てきて、勘定場へ案内する。
五十畳ほどの座敷へ二列ならびに帳場格子をおいて、二十人ばかりの勘定役、改役がいそがしそうに小判を秤《はか》ったり、包装したりしている。
一段高くなったところに、年寄の座があって、老眼鏡をかけた、松助《まつすけ》の堀部弥兵衛のようなのが褥《しとね》をなおす。
「お役目、ご苦労」
顎十郎、すました顔で、おほん、と咳ばらいで受けて、
「さっそくですが、三万二千両……御用金が差しおくりになることは、よほど以前からわかっていたのですか」
年寄役は慇懃《いんぎん》にうなずいて、
「さようでございます。……これは節季の御用で、毎年のきまりでございますから、金座では、九月の
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